大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和32年(タ)24号 判決

原告 梶原幸子

被告 平沼烱善

主文

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、日本人である原告は朝鮮人たる被告と昭和十九年四月十一日婚姻し、福岡県宗像郡津屋崎町宮司に居を構え夫婦生活を営んでいたのであるが、被告は昭和十九年四月二十四日舞鶴造船所に徴用され、原告に対し軍属を志願した旨の便りをしたがその後は音信不通のまま終戦を迎え、爾来現在に至るまで生死不明である。よつて離婚請求に及んだ次第であると述べ、

立証として甲第一号証を提出し、証人梶原長次の証言を援用した。

被告は公示送達による適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しない。

当裁判所は職権により原告本人を尋問した。

理由

公文書であるから真正に成立したことを推認すべき甲第一号証(戸籍謄本)、証人梶原長次の証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると次の事実を認めることができる。即ち原告は大分県玖珠郡玖珠町大字岩室二千十二番地に本籍を有する梶原長次、同よ志の三女として生れた日本人であるが、昭和十九年四月十一日朝鮮人被告平沼烱善と婚姻届を了し、福岡県宗像郡津屋崎町宮司に居を構え同棲していたが、被告は同年五月より舞鶴の造船所に軍属として徴用され右造船所の寮に入つた。その後被告より宮地の原告宛二、三回便りがあつたが、同年六月頃から音信が絶え、被告は終戦になつても原告の許に帰らず、原告は手をつくして被告の行方を探したけれども、現在に至るまで行方が分らない事実を認めることができる。我が国では配偶者の生死が三年以上明らかでない場合を法定離婚原因の一つとしているが、前認定の事実に以下に述べる当裁判所にも顕著な事実即ち被告が徴用された当時は時恰も戦争最も激烈な時期であつたこと、次に被告にして終戦後も生存していたならば特段の事情がない限り間もなく妻たる原告の許に復員する筈であるという事実を考え併せると、被告は昭和十九年六月頃から終戦までの間に生死不明の状態に陥つたものと認める外はなく、それから三年を経過した昭和二十三年八月頃には遅くとも法定離婚原因が発生したものと云うことができる。

ところで被告は朝鮮人であるが、本件離婚原因が発生したのはまだ平和条約が発効し我が国が朝鮮の独立を承認する以前のことであるから、元来共通法、法例、朝鮮民事令により旧民法が適用せられるべきであるが、その橋渡しとも云うべき共通法並びに朝鮮民事令はその後昭和二十七年四月二十八日に発効した前記平和条約第二条の規定により当然失効したから旧民法適用の余地はなくなつた。よつて本件において適用せられるべき離婚の準拠法を探索するに、身分法の領域においては他の法域と異なり、その地域社会における伝統、風俗、習慣が身分法に根強く影響し、身分法はこれらを包容せずしては法としての実効性を保有することができないものであり、殊に離婚は単に離婚当事者の夫又は妻たる身分の喪失にとどまらず、過去に形成された家族共同体の崩壊を意味するから、これら当事者以外の人々に影響するところは少くないのである。従つて離婚の準拠法は夫又は妻の所属する夫々の地域社会(その最も鮮明に区画されたのが国家であるが)に適用せられる身分法を無視することはできないわけである。法例第十三条には婚姻成立の要件に関してではあるが各当事者の本国法に依るべきであると規定しているのも、かゝる身分法の特殊性を考慮したからに外ならないと解する。

さて前述のように本件離婚原因発生当時における被告の本国法はないのであるから、日本人の妻である原告に適用せられる我が民法のみを準拠法とすればよいとも解せられないことはないが、被告は朝鮮の独立により外国人たる身分を現に取得しているのであるから、このような場合には、被告が本件離婚発生当時は、まだ朝鮮人たる国籍を有しなかつたとしても、法令第十六条を準用し、夫たる被告の現在における本国である朝鮮の法律を適用することが、前記身分法の特殊性を考慮し、並びに我が国が朝鮮の独立を承認したことによる両国の渉外的私生活関係を円滑に規律する上からも最も妥当且つ条理に適した見解であると解する。

ところで朝鮮は大韓民国政府と朝鮮民主主義共和国政府が領土を南北に二分して夫々異なる法の支配が行われていること、そして被告の本籍地は北朝鮮に所属していることは何れも顕著な事実である。しかしながら日本が朝鮮の独立を承認したのは、かつて日本が領有していた南北併せた全朝鮮の我が国からの離脱を承認したのであつて、一つの朝鮮が南北に二分され二つの独立国として成立することまで認めたわけではないと云うべきである。従つて右は法令第二十七条第三項に規定するところの、地方により法律の適用を異にする国の場合に該当するので、同項により被告が属する地方と認められる朝鮮民主主義共和国政府の法律を適用すべきである(尤も両政府は互に朝鮮の全領土全人民を支配し代表する政府であると主張し、朝鮮人も何れの政府に所属するかの自由を有していると云うべきであるが、被告についてこれを探索すべき方法の不可能な以上本籍地を標準にして決する外はない。)しかるに現実外交関係においては北鮮の政府とは全く交渉がないので、被告の所属地方の法律を権威ある情報によつて知る由がない。従つて同地方と風俗、伝統、習慣の最も近似した社会である大韓民国民法を適用することが最も条理に合するものというべきところ、同法第八百十三条第一項第九号には我が国の民法と同様配偶者の生死が三年以上不明である場合を離婚原因として規定している。

よつて原告と被告との離婚を宣言すべきであるから、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 高石博良)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例